BACK B&B 2日目 全文   (ゴールウエイ)   

 珍しく信号機付きの大きな交差点がある。高さ2m位の鉄のポ−ルに、ネイビ−ブル−の鉄板が取り付けられている。その上に白字で、行き先の町名が案内されている。上側にゲール語、下側に英語が記載されている。緩やかな起伏のある国道を左の道に入った。さらに、行き交う車は少なくなった。歩いている人はいない。遠くの雑木林の近くに人家がまばらに見えている。運転手はハンドルを左回転させながら、「日本からですか」と静かな口調で聞いて来た。朝鮮人も中国人も黒い髪なのに、なぜ僕を「日本人」と判断したのだろうか。車は一軒の家の前でスピードを落とした。「着きましたよ」と言ってピッタリと横付けした。「有り難う」と言って彼の車を見送った。20mほど奥に、10軒ほどブリック建築の家が並んでいる。門にシャムロックのカンバンが見える。どの家もガレージのない150坪程の二階建てだ。家の前の道が車庫代わりに使われている。2台の車が西隣のB&Bの前に止まっている。ビ−ルやハム入りのビニ−ル袋をぶら下げ、開きっぱなしの門を潜った。オ−ナ−夫人が直ぐに出てきた。「渡辺です。よろしく」と、iの書類を手渡しながら挨拶をした。

 彼女は、「ようこそ」とにこやかな挨拶を返してくれた。年令は60才を過ぎている。派手な色のワンピ−スを着ている。彼女は「明日の朝食は何時がいいですか」と尋ねた。「8時でよろしいですか」と言うと、「早いようですが、どこかに行くご予定ですか」と尋ねてきた。僕は、「もし、天気さえよければ日帰りでアラン島に行こう・・・」と心の中で思っていた。しかし、「いいえ、特別にはないです。ただ明日の朝7時に散歩したいのですが・・・」と言うと、「OKよ。鍵をお渡ししておきますから・・・」と返事が返ってきた。B&Bはアンナさんの家と同じ位の大きさだ。屋内は木が多く使われている。応接室兼食事室のシャンデリアは大きく、中央部の大きな光源が、その周りのガラス製のグローブの中で輝いている。部屋の中央に丸テ−ブルが二卓と、中庭の見える広い出窓の近くに長方形のテ−ブルが二卓ある。全てに白いテ−ブルクロスが掛けられている。出窓を通して、国道を走る車のライトが見えている。すっかり太陽は西に沈んだ。彼女の後に続き二階に上がった。部屋は階段のすぐ左で、入り口の白いドア−は開いたままであった。

 彼女は部屋の中に入り、壁のスイッチを入れて明かりを付けた。先ず、シャワ−室に案内し「例」のお湯の沸かし方を説明した。長い浴槽の周りに、白色の防水加工されたビニ−ルのカ−テンが吊るされている。話が終わると、「ご用があればお呼び下さい」と鍵を渡して出て行った。部屋には、備え付けの冷蔵庫はなくテ−ブルとテレビがある。北側に大きな窓があり、ベッドは壁際に置かれている。部屋は古いが清潔だ。荷物を降ろし食料の入った袋をテーブルの上に置いた。「湯沸かし器」もすっかりお馴染みになた。暖かめのシャワーをじっくりと、肩に掛けることにした。その後、バスに溜めたお湯で下着を洗濯することにした。そのお湯を、洗顔用石鹸を手でこすって泡立てし次にシャンプー液を混合する。その「手作り合成洗剤」の入ったタブの中に洗濯物を入れ、足踏みして洗濯する。最後に綺麗に濯ぐ。部屋中に石鹸のにおいがする。テ−ブルの上にハムなどを並べた。テレビつけるとニュ−スをしていた。7時過ぎ、もうすぐ日本は夜明けだ。家のことを思い出してしまった。もうすぐ妻は、起きる時間だ。そして、洗濯機に洗濯物を入れ朝食の用意する。7時過ぎには、薄く化粧した二人の娘達が妻に「バイバイ」と言って家を出ていく。

 ギネスビ−ルの蓋を開けた。「プシュッ」と音をたて薄黒い泡が出てきた、多少冷えがさめている。少し「沈殿」させてから、「コク、コク、コク」と飲み干した。持参の割り箸でハムを一切れ食べ、次にポテサラをパンに挟んで食べた。ハムは塩が、サラダはマヨネ−ズが濃い。そのせいか、コクのあるギネスビ−ルが引き立つ。 熱い天ぷらそばを食べたくなった。カバンから、インスタント「天そば」を取り出した。部屋に湯沸かし器がない。天ぷらそばを諦めきれず、湯沸かし器を借りることにした。1階の炊事場で主人が食器などを洗っている。白髪の体格の良い人だ。「今晩は」と言うと、手を止めて振り返った。「何か御用事でしょうか」と言った。面長で優しそうな主人で、派手気味な奥さんと対照的だ。「お湯を沸かしたいんですが、電気ポットを貸して頂けませんか」と言うと、「分かりました」と、戸棚を開けて捜し始めた。彼は「暫く使っていないが、使えるかなあ・・・」と言いながら、2台取り出した。そして、それらのコードをコンセントに入れ、実験し始めた。「こちらは、使えるようだ」と言った。ポットの中を綺麗に濯いでくれた。「コップはいりませんか」と尋ねてくれた。「お願いします」と借りることにした。彼は、コ−ヒ−でも涌かすのだと想ったようだ。スイッチを入れると、「コトコト」と音をたてながらお湯が沸いた。カップの蓋を開け粉末のだしをふりかけてお湯を注いだ。3分間待ってから蓋を開けた。鰹だしと醤油の香りが「プ−ン」と匂ってきた。思わず、「たまらんな−」と声が出てしまった。「ズルズル、ズルズル」、「うまい」の一言だ。「鰹と醤油がなかったら生きていかれんなあ−」と心で呟いた。

 テレビはニュ−スと天気予報が終わった。チャンネルを切り替えると映画をやっていた。休日の夜9時以降は、アメリカやイギリス映画が多く放映されている。映画も「セックスや暴力」をアピ−ルするものは少ない。もし可能ならば、日帰りでアラン島行きの想いは変わらない。「もし、島に着いてから天候が急変し、2〜3日汽船が欠航し帰れなくなったらたら、その時はその時だ・・・」と、又いつもの「放浪癖」の性格が頭をもたげてくる。寝る前に窓の外を見てみた。隣との境界に立つ高い石塀は、黒く見えて陰気だ。闇の中の石塀の陰気さは格別で、夜の「廃墟の城壁」の恐ろしさを思いだした。カーテンを閉め11時前に横になった。ベッドはとても清潔で気持ちがよい。早朝、「ジャー、バタバタ・・・」と、けたたましい音が窓の外から聞こえてきた。この国に来て天気の急変には慣れてきた。耳をすますと、雨の降る音だった。まだ強い雨には会っていない。「明日は雨だ。アラン島は無理だろうなー」と、思いながら再び眠ってしまった。