B&Bは、緑の田園地帯の中にある。太陽は、すでに西に落ち始めている。まだ、明るい日差しが花と緑に包まれた白い洋館を「絵ハガキ」のように照らしている。B&Bは広い敷地に建つ2階建ての洋館だ。グリ−ンの芝生と赤や黄、白、紫の可愛い花達が歓迎してくれた。ドア−をノックすると、直ぐにオ−ナ−が出て来た。明るい年輩の女性で、彼女は「こちらにどうぞ」と奥の応接室に案内してくれた。広いソファ−に座ると、「コ−ヒ−かお茶はいかがですか」と飲み物を勧めてくれた。「紅茶とレモンをお願いします」と言うと、彼女はにっこりして奥へ入って行った。初めてのB&Bで少々緊張してしまった。部屋の壁に絵が掛けられている。窓のカ−テンは、一枚は白色でもう一枚は薄いピンクである。窓から明るい光が部屋いっぱい入っている。中央には暖炉がある。鉄扉は閉まったままだ。冬には煙が屋根上のレンガ造りの煙突に流れて行くのだろう。
西側の窓際に木製のサイドボ−ドが置かれている。その上の花瓶に綺麗な花が生けられている。東側の窓際に白いテーブルクロスが掛けられた4卓のテ−ブルがある。卓上に一輪挿しの花瓶が置かれている。彼女は、ポットやレモンの乗ったトレ−をテーブルに置いた。彼女もソファ−に座わり、ポットの紅茶を2つのコップに注いだ。栗色の髪で薄化粧をしている。スラックスにワンピ−スがよく似合っている。彼女に
i からの紹介状を確認して貰った。「支払いは」と尋ねたら、「出発の時でけっこうです」と言った。家事も終わったのか表情にゆとりがある。彼女は「これから、どこえ?」と目をクリッとして尋ねた。「一眠りします。日本を出て真っ直ぐ来たんぽです、すっかり疲れました」と言った。彼女は、東側の窓に面したテ−ブルをさして「明日の朝食はあのテ−ブルに用意をしておきます」と言った。庭の見える窓際の2人用の丸テ−ブルである。彼女は玄関の直ぐ南横の部屋に案内してくれた。中に入ると正面の大きい白い窓から薄いカ−テンを通して、部屋中に光が入っている。部屋の左手に白いシ−ツの掛けられたダブルベッドがあり、窓際に机とテレビが置かれている。
「これがアイルランドのB&Bなのだ。素晴らしい・・・」と思った。彼女は僕が荷物を置くと部屋の案内を始めた。部屋の右側に「小さい部屋」がある。その中の右側が浴室で、左側がトイレになっている。トイレと浴室の区切りはない。浅くて長い「浴槽」周りの天井から床まで、長いナイロン製カ−テンが吊られている。「浴室」は日本の「シングル」ホテルと同じだ。彼女は、壁に取り付けられた湯沸かし器具の説明をしてくれた。それは家庭用の「小型瞬間湯沸かし器」とよく似ている。彼女は説明が終わると、二つの鍵が付いたキ−ホルダ−を手渡した。「これは部屋の鍵で、こちらはこの家の玄関の入り口のドア−の鍵です」と言った。「なぜ、この家の玄関の鍵を預かるのですか」と彼女に尋ねると、「全てのドア−は自動ロック式なので一度閉まると外からは鍵を使用しないと入れないのです。外出時は、この玄関の入り口の鍵で自由に入れます」とニッコリ笑った。彼女は鍵を手渡しながら、「朝食は何時がいいですか」と尋ねた。「9時にお願いします」と言うとニッコリして出て行った。疲れのせいか少々頭痛がする。裸になりタオルを持って入った。底が浅く長いプラスチック製の浴槽とシャワ−だけだ。石鹸はあるがシャンプーはない。浴槽が浅く「入浴」できない。タップリ熱めのお湯を肩から浴びた。結構疲れが取れた。
ベッドに入った。飛行機の狭いシ−トと違いフワフワと気持ちがいい。グッスリ眠ったが空腹のために目がさめた。時計は深夜11時30分だった。なんと、約5時間寝ていたことになる。家の中も外も静まり返っている。頭がすっきりしない、まだ半分寝ている。カ−テンを開け窓の外を見た。「タクシ−を見送った」道路にポツンと街灯が燈っている。車も人の気配もない。部屋の明かりをつけた。頭がすっきりし始めるとビ−ルがほしくなった。部屋には冷蔵庫がないので冷たいビ−ルはない。でも、トランクには「大好物の食料」を入れてきた。心の中で「イヒヒヒ、やはり持ってきて良かった」と呟いた。カップラ−メンとうどんが6袋入っている。台の上に電気ポットとコップ、コ−ヒ−と紅茶が用意されている。水道水は「そのまま飲める」と彼女は言ったので水をポットで沸かした。僕はカツオだしの醤油味のきつねうどんが大好きだ。「カツオと醤油の香り・・・」もうたまらない。今回の旅は、「日本人から脱皮しよう」と決意して出てきたのだが、出発前にカップラ−メン、醤油パック10本買い、妻に小梅10個(1日1個)用意して貰った。これでは「日本脱出」にはならない。
お湯が沸く間に、真夜中のテレビを見る事にした。ダブリンの深夜番組も日本と同様に娯楽番組が多い。しかし、日本の「大人番組」のように、タレントの司会者が水着姿の若い女性出演者達と「じゃれあう」低俗さはない。沸いた湯をカップに注いだ。持参の割り箸で「ズルズル・・・」と食べた。「美味しい・・・・」の一言に尽きる。久しぶりの醤油味に感動してしまった。0時を過ぎている、娯楽番組が延々と続いている。ダブリン市内の地理を覚えておくために、テレビを消してガイドブックを取り出した。外は静寂で「深夜運送のトラックの音」も何もない。ダブリン市街はオコンネル通りとレフィ−川をキ−ポイントにすれば、道に迷っても困らないと確認した。再び寝床に入ったが寝付けない。仕方なしにカバンからラジオ取り出した。日本同様にFMも深夜放送をしている。FMはアイルンドのポップスやポピュラ−ソングが多い、そのうちに眠ってしまった。7時に目が覚めた。疲れは取れ気分はいい。散歩のためトレパンとジョッギング靴に着替えた。
家では朝の散歩などしたことがない。アイルランドでジョッギングをやろうと靴まで入れてきた。軽く走る事は運動不足解消と気分転換の為である。顔を洗い2つ鍵のついたキ−ホルダーを持って部屋のドア−を開けた。廊下でクラ−ク夫人に出会ったので散歩に行く事を伝えた。彼女は「門を出て、右の方に行くと綺麗ですよ」と勧めてくれた。外はすがすがしい朝日の中、庭の芝生と花達が綺麗だ。門上の「シャムロック」のカンバンに挨拶をして右手に向かった。舗装された田舎道が緩い下り坂になっている。遥か遠く下の方まで見渡せる。200m程下の大きな「湖」の湖面に、橙色の朝日が写っている。こんな田舎道にもきちんと歩道がついている。道路の南側は畑で、北側は5軒ほどの古いレンガ造りの平屋の家が建っている。家の壁やドアーの色は、緑色、白など同じ色はない。それらの家が道の左側に、一列にきちんと整列して並んでいる。100坪位の敷地で庭に芝生、花壇がある。隣の家との境界には、垣根の簡素な区切りがあるだけだ。住宅を過ぎると両側は畑と林になった。「吉幾三」と「しゃれ」を交え軽く走り始めた。日曜日のせいか、田舎の為なのか人も車にも出会わない。
坂を下りきると正面に湖の干潟が広がっていた。道路はそこで、湖に沿って左右に分かれいる。岸辺には「葦」のような草が茂り、広大な泥の沼地が広がっている。朝日の中で野鳥達が水遊びをしている。いろいろな鳥の囀りが聞こえてくる。朝日が、向こう側の丘の上の豪華な白い洋館を照らしている。まるで「有名な洋画の絵」のようだ。その白い館を心に残しUタ−ンした。「よし、B&Bまで走ろう!」と、朝日と干潟を背にジョッギングを再開した。マ−チによく似た2台の小型車が、僕を追い抜いていった。途中で散歩中の中年婦人に出会った。彼女の方から、気持ちよく挨拶をしてくれた。門のシャムロックの看板に挨拶をし入門した。ひと呼吸整えて「1本目の鍵」で玄関のドア−を開けた。さらに「2本目の鍵」で部屋に入った。シャワ−を浴び服を着替た。9時前に食事室に入ると夫人は後を追うようにすぐにやってきた。「こちらのテ−ブルにどうぞ」と、窓際の丸いテ−ブルに案内した。「コ−ヒ−それとも紅茶?」、「フレ−クはいかが?」と尋ねた。「紅茶とモンをお願いします、そしてフレ−クも」とお願いした。注文を聞くと、彼女は奥の台所に戻って行った。B&Bの「スタート」を見せてもらった。 |