 
顔を洗いジョッギングに出る事にした。8時前静かに階段を降りた。外に出ると朝の外気はひんやりして気持ちがいい。かすかな霞が此の辺り一帯を覆っている。風がなく暖かい海が関係しているのだろうか。広い道路に出た、人影もなく車も通らない静寂そのものだ。「住宅街」の中を通る下り坂で、下の海岸へ延びている。ここからは海は見えず、前方の家並みの屋根が見えている。それらの向こうが海のようだ。太陽がすでに高く顔を出している。広い道路を中心に碁盤の目に道路が延びている。200坪程度の敷地に「プレハブ」のような二階建住宅が、「ニュータウン」を形成している。後ろを振り返ると、坂道の上に彼女のB&B周辺が見えている。海岸に面したT字型の三叉路に降りて来た。左右に延びる車道が海岸に沿って走っている。海岸に出ると、すでに霞はなくはっきりと遠くまで見えている。目の前のバス停には誰もいない。高さ2m程の防潮堤が続いている。その向こうに青い海が見えている。堤防の1箇所に海岸に降りる階段がある。空いたバスが一台海岸通りを南から北に走り抜けていった。
海に降りると広い砂浜が、翼を広げたように左右に延々と続いている、10kmはあるだろう。南の先端の岬はまだ朝靄がかかっている。足元の砂は「さらさら」で白く明るい。日本のどこにでも見られる砂浜だ。ただ違うのは釣り人がいない。「今頃なら、キスの投げ釣の時期なのに」と思った。沖合に漁船が一隻もない。1kmほどの沖を一隻の古い中型の貨物船がゆっくり北上している。穏やかな海で水は透き通っている。浜は遠浅で低いさざ波が打ち寄せている。遠くの岬はぼんやりと霞んでいる。太陽はすっかい上り空は青く穏やかだ。広大な砂浜に一人のジョッギング姿が見える。100m程前方に「老人」がいる。この広い世界に僕を含め3人だけだ。彼は砂浜の上を、「長い棒」を引きづりながら歩いている。僕はジョギングをしながら彼に近づいた。彼は、「掃除用モップ」で砂の上を「掃除」している。塵一つない砂浜を「何のために」と、不思議に思ってさらに接近した。ポロシャツ姿のラフな格好をした白髪で小太りのおじさんだった。日本の街角に立っているケンタッキ−・フライドチキンのカンバンおじさんに似ている。
「モップ」に見えていた物は、棒の先に直径30cm程の黒い円盤が付いている。 彼はその棒をゆっくりと砂浜の上を移動させている。耳にはレシ−バ−を付け、まるで地雷探知機で地雷を捜しているようだ。彼に「おはよう」と目で挨拶した。彼も目で答えたが、手を止めずに動作を続けている。僕が余りにも不思議がっているので彼はニッコリ笑いながら、「おはよう」とレシ−バ−を外しながら挨拶してくれた。人懐っこそうなおじいさんである。「何をしているんですか」と円盤を見ながら尋ねた。「ここで、金貨を探しているんだよ。趣味なんだ」とニッコリと僕の顔を見た。「見つかるんですか」、「今月は、金貨と指輪を得たよ」、「昔この辺りで、金塊を積んだ船が難破したんですか」と尋ねた。「そうじゃないんだ。ここは夏、世界中から多くの人々が海水浴にやって来る。その時に指輪、ネックレス、イヤリングなどを落として行くんだ。それが、砂の中に埋もれているんだ」と言いながら、レシ−バ−を再び耳にして歩き始めた。キス釣りの名人でなく、宝石探しのプロに出会った。
今この広い海岸に見えるのは、彼と僕の二人だけである。「この静かな海岸も、夏はビキニの若い女性達でいっぱいなんだろう」と想像した。遥か南の岬近くに小高い丘が見えている。緑の中に白い大きな建物が点在している。高級ゲストハウスや別荘のようだ。iの彼女が言った、「その辺りのB&Bは、夏は予約がいっぱいですよ・・・」が思い出された。さらに南に歩いて来た。打ち寄せる波と潮風は久しぶりだ。所々に、砂浜の間に岩場が点在している。Uターンしてジョッギングで帰る事にした。彼は丹念に財宝を索し続けている。時々、立ち止まり背を伸ばしている。そして、モッブを杖代わりにして遥か彼方の海を見ている。
両翼の岬の先端は、霞もすっかり晴れ上がった。さきほどの貨物船は北の岬近くを北上している。まるで、おもちゃの船のようだ。ガリバ−なら、両手で優しく船ごとすくい上げ、出てきた船長に「おはよう」と挨拶をするだろう。すると、船長は「ベーコンエッグの朝食を一緒に食べないか」と歓迎するに違いない。

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